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今籠町「本踊」
いまかごまち ほんおどり江戸時代に竹籠職人が開いたと言われる
今籠町は
現在の鍛冶屋町・崇福寺通り沿い
にあたります。
奉納するのは完全オリジナルの新曲長唄
「今籠町波璃大鷲
(いまかごまち はれの おおとり)」
初春から秋へと移りゆく長崎の情景を、
踊りで表現する演目です。
踊りの指導にあたるのは花柳流の
花柳寿々初さん。
半世紀以上、様々な町でくんちの指導に
携わってきた大ベテランですが
今籠町を指導するのは今回が初めてです。
今籠町の傘鉾からインスピレーションを得た
花柳寿々初さんのイメージを
地方(じかた)の松永鐡文𠮷さんが
作詞・作曲し、長唄にしました。
演目の歌詞の冒頭に出てくる「大きな鳥」は
今籠町の傘鉾にあしらわれている
町のシンボル「大鷲」を指しています。
今籠町の後背に位置する風頭山を「霊鷲山」
(釈尊が法華経を説いたインドの聖地)に
見立て、
大鷲がその岩上から眼前の長崎港に
向けて飛び立とうとする様を表現した
と言われています。
江戸時代から続く町の伝統を
これからも末永く受け継いでいくことを
見据えて新調された、今籠町の本踊。
町のシンボルである「大鷲」が
諏訪の舞台で高く羽ばたきます。
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油屋町「川船」
あぶらやまち かわふね江戸時代、町には油屋が立ち並び
「玉帯川」の清流が流れていました。
町の宝、深紅の塩瀬に荒波が踊る「傘鉾」
の垂れは
大浦お慶の一手持ち
と伝えられています。
「♪船は逆巻く流れを上る
あれは油屋川船じゃ
錦織りなす玉帯川に
今日も船頭の櫓がはずむ」
油屋町の川船は「根曳舟唄」で始まります。
急流をさかのぼり、諏訪の神様へ
魚を献上に向かう 秋豊漁の物語を描きます。
川船の目玉は、囃子に合わせて舳先から
網を投げ、7匹の鯉を狙う「網打ち」
今回「網打船頭」を務めるのは市原慶昊くん
(6歳)。
川船の大将・船頭を務めるのは西川楓くん
(3歳)。
絢爛豪華な長崎刺繍が施された
船頭衣裳が新調されました。
今回、油屋町は
船頭の名前「楓」(5つに分かれた葉)に
ちなんだ新技に挑みます。
重さおよそ3トンの船を力ずくで曳き回す
過酷な大技「楓」の5回回し。
玉帯川に見立てた踊り馬場に、船を阻む
大きな渦が現れます。
狙うは大漁7匹、一網打尽なるか。
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元船町「唐船祭」
もとふなまち とうせんまつり元船町の町名は、かつて長崎が開港した際、
貿易船が停泊したことが由来とされ、
町内に鎮座する「鉄砲玉(てっぽんたま)」
は
傘鉾の飾(かざり・だし)にも
なっている町のシンボルです。
「唐船祭」は元船町だけの演し物で、
1966年に初めて奉納され、今回が9回目。
荒波を越えて長崎を目指す唐人船と、
長崎への入港を喜ぶ人々の姿と賑わいを
船と踊りで華やかに再現します。
船の重さは5トン。元船町の唐人船は、
くんちの曳きものの中でも最重量級の
ひとつです。
唐楽の囃子に合わせ、
根曳(ねびき)たちが船を動かし、
荒れた航海の様子を表現します。
船には航海安全の神様「媽祖(まそ)様」
が祀られています。
長崎市の崇福寺に祀られている媽祖様は、
踊町の年になると町に降り立ち、
諏訪の神々と入港の喜びを分かち合います。
元船町ならではの見どころが
采振長のサインに合わせて船の動きが
次々と変わる予測不能な船回しです。
今回の奉納で元船町が大切にしている言葉は
先人に学び、いまを照らすという意味の
「稽古照今(けいこしょうこん)」。
荒波と静寂の果てに、諏訪の海原に
「唐船祭」の新たな歴史を刻みます。
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上町「上町コッコデショ」
うわまち うわまちこっこでしょ「上町」は開港初期の長崎の船着場から見て
一番上にあったことが町名の由来です。
1963年の町界・町名変更によって
現在の「上町」が誕生しました。
太鼓を据えた重さ約1トンの山車(だし)
を男たちが担ぎ、
神様への貢ぎ物を届ける
「川渡し」を表現します。
声を合わせて山車を空高く投げ上げ、片手で
受け止める「投げ」が最大の見せ場です。
今年は総勢56人の担ぎ手が参加し、26人が
初参加。
担ぎ手たちには、技術だけでなく、
声にも気合いを込めることが求められます。
「声で観客を感動させましょう!」
上町が初めて「コッコデショ」を
奉納したのは2016年。
矢上地区の『矢上コッコデショ』を借りて
上町として初奉納。
10年ぶりとなる2回目の奉納を
「再挑戦」と位置づけ、
今回も矢上地区から指導を受けながら
10年前より「上町らしいコッコデショ」
を目指します。
「再挑戦」に向けて山車も新調。
長崎県産にこだわり、樹齢120年以上の
対馬産ヒノキを使っています。
10年前の初奉納から「再挑戦」となる
「上町コッコデショ」。
担ぎ手たちは声と呼吸を一つに、
諏訪の空高く山車を投げ上げます。
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鍛冶屋町「七福神 寳船」
かじやまち しちふくじん たからぶね長崎市の繁華街に近い場所に位置する
「鍛冶屋町」。
かつて鍛冶職人が多く住んでいたことが
町名の由来です。
町内にある崇福寺には、江戸時代の町民で
鍛冶職人だった阿山助右衛門が手がけた
「梵鐘」が残されています。
鍛冶屋町が奉納するのは、七福神と
幸せを運ぶ寳船。
七福神と寳船を奉納するのは
数ある踊町の中で鍛冶屋町だけです。
七福神(恵比須天、大黒天、毘沙門天、
弁財天、福禄寿、寿老人、布袋和尚)は、
日本・インド・中国に由来する神様で、
商売繁盛や家内安全のご利益があるとして、
古くから親しまれてきました。
踊り子が扮する「七福神」が寳船に
乗り込み、賑やかに長崎港にやってきて
寳船を背景にあでやかに舞い踊ります。
長采の掛け声に合わせ、21人の根曳が
重さ約5トンにもなる重厚な寳船を
力強く曳き回します。
大技「七回転半」は5回転までは美しく、
6回転以降は速さを上げて豪快に回すのが
特徴です。そして何より格調高く華やかに。
根曳全員が気持ちを一つに。
気品と迫力を兼ね備えた鍛冶屋町の寳船が、
長崎のまちに福を届けます。
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筑後町「龍踊」
ちくごまち じゃおどり長崎駅の近くに位置する筑後町。
江戸時代、筑後地方から多くの商人が移り
住んだことが町名の由来とされています。
筑後町が奉納するのは、龍が激しく玉
(月に見立てた宝珠)を追う「龍踊」。
昭和48年(1973年)から始まった龍踊の
奉納は今回で8回目。
130人を超える出演者のうち、龍を操る
「龍衆」は75人。今回はその半分以上が
新人です。
龍が玉を追う「玉追い」や、
とぐろを巻いて玉を探す「ずぐら」、
ギュッと素早くとぐろを作ったあとに
パッと開いて玉を追う「マケマケ」
と呼ばれる動きなど
呼吸を揃えた10人の龍衆に操られた龍が
天高く舞い踊ります。
青龍2体と白龍1体の計3体の龍が登場
することが筑後町ならではの特徴。
スローガンには
「三龍一心(さんじゃいっしん)」を掲げ、
3体の龍が石畳の上を所狭しと入り乱れて
競演する大技「巴踊り」を披露します。
3体の龍を一つの動きに合わせる
「三龍一心」の大技で
秋の長崎を彩る「長崎くんち」の観衆を
沸き立たせます。